この記事のポイント
1. 序章:あなたの「目標」、本当に味方ですか?
目標が、あなたの「やる気」を静かに奪っているかもしれない。
「大きな目標を掲げよう」「目標がなければ成功はない」。私たちは幼い頃から、そう教えられてきました。目標設定は、成功へのロードマップであり、努力の羅針盤であると、誰もが信じて疑いません。
しかし、もしその「目標」こそが、あなたの内なる情熱の炎を消し、静かに「やる気」を奪っているとしたら、どうでしょうか?「そんな馬鹿な」と思うかもしれません。しかし、心理学の世界では、この逆説的な現象は半世紀も前から知られていたのです。
2. 実験:ご褒美が「好き」を奪う時
話は1970年代のスタンフォード大学に遡ります。心理学者マーク・レッパーらは、ある有名な実験を行いました。対象は、自由時間に自ら進んで楽しそうに絵を描いている子どもたち。研究者たちは、この子どもたちを3つのグループに分け、意欲の変化を観察しました。
数週間後、研究者たちが再び子どもたちの自由時間を観察すると、衝撃的な変化が見られました。「サプライズでご褒美をもらえたグループ」と「ご褒美なしのグループ」は、以前と変わらず楽しそうに絵を描いていました。しかし、最初に「ご褒美(賞状)を約束された」グループの子どもたちだけが、自発的に絵を描く時間が大幅に減ってしまったのです。
3. 解説:「アンダーマイニング効果」の仕組み
この現象は「アンダーマイニング効果」(過正当化効果)と呼ばれています。もともと、「楽しいから、好きだから」という自分の内側から湧き出る「内発的動機づけ」で行動していた子どもたち。しかし、外部からの報酬を意識させられたことで、行動の理由がすり替わってしまったのです。
4. 日常の罠:スポーツ、学習、仕事の落とし穴
この話は、遠い昔の子どもたちの話ではありません。私たちの日常に潜む「目標」という名のご褒美にも、同じことが言えるのです。
スポーツ選手が「勝つこと」だけを目標にする
プレーする楽しさよりも「優勝」という結果だけを追い求めると、負けた瞬間に燃え尽き、ボールを追う意味を見失ってしまう。
学生が「良い成績」だけを目標にする
学ぶことの知的好奇心よりも「テストで100点を取ること」が目的になると、試験が終わった瞬間に、学んだ内容は頭から消えてしまう。
社会人が「昇進や給与」だけを目標にする
仕事そのもののやりがいよりも「次のボーナス」や「部長という肩書き」のために働くと、目標を達成した瞬間に、仕事への情熱は冷めてしまう。
5. 結論:「楽しむ力」を育てる目標設定の技術
では、目標は持つべきではないのでしょうか?もちろん、そういうわけではありません。大切なのは、目標の「持ち方」と「種類」です。
① 「結果」より「プロセス」を目標にする
「試合に勝つ」ではなく、「昨日の自分より一歩でも前に進む」。「100点を取る」ではなく、「この公式がどうして成り立つのかを理解する」。コントロール不可能な結果ではなく、自分でコントロール可能な「行動」や「成長」そのものを目標にするのです。
② 「他人」ではなく「自分」を主語にする
誰かに与えられた目標ではなく、自分自身の心の中から「こうありたい」と願う目標を持つこと。その自律性が、内なる動機づけを守ります。
活動のプロセスそのものを楽しみ、その中で成長していく実感こそが、人生を豊かにする「本当の報酬」なのです。
一度、立ち止まって考えてみませんか?
あなたが今、掲げているその目標は、
あなたの「やる気」を育てていますか?
それとも、静かに奪ってはいませんか?