格言:『思っているんですけど』は停止のサイン。可能性の殻を破り、現実のコートへ踏み出せ!
目次
1. はじめに:「〇〇ですけど」が聞き手を疲れさせる理由
日常の会話や指導の現場で、「やりたいとは思っているんですけど」という言葉を耳にすることがあります。言っている本人は前向きなニュアンスを込めているつもりかもしれません。しかし、これを受け取る聞き手は、どこかモヤモヤとした疲れやイライラを感じてしまいます。
なぜなら、その言葉の裏には「まだやっていません」「でも、やる気がない人間だとは思われたくありません」「だから気持ちだけはあることにしてください」という心理が透けて見えるからです。聞き手はやる気のなさに怒っているのではなく、やる気がある風に見せながら行動の責任を保留にしている態度に疲弊しているのです。
2. 巧妙な自己防衛:可能性の安全地帯に隠れる3つの言葉
行動を起こしていない自分を守るために使われやすい、代表的な3つの「思っているんですけど」の構造を紐解きます。これらはすべて、現実と接触することを避けるための柔らかい盾となっています。
①「やりたいとは思っているんですけど」
本当にやる人は、「やります」「今日やります」と言葉が極めてシンプルです。自分の感情を長く説明する前に現実を動かします。「思っている」の段階では、外側の世界は1ミリも変わっていません。行動できていない自分を否定しないでほしいという、願望の現れです。
②「負けないとは思っているんですけど」
本当に負けない人は、願望を語るのではなく、負ける条件を徹底的に潰す準備をしています。自分のミスの出方を想定し、プレッシャーがかかった時の選択をあらかじめ決めています。「思っているんですけど」で止まる人は、負ける前からすでに負けた時の言い訳(調子が悪かった、相手が強かったなど)を用意してしまっています。
③「できるとは思っているんですけど」
できる人は、できる証拠を出したり、手順を明確に分解したりします。しかし、この言葉を遣う人は、できない自分と向き合うのが怖いために、「できると思っている」という安全地帯に留まろうとします。挑戦も失敗もしていないため、頭の中の可能性だけが傷つかずに残っている状態です。
3. 誠実な現在地:未完成の前向きさより、正確な現状が強い
未処理の自分を相手の脳に丸投げする会話は、コミュニケーションに摩擦を生みます。「やりたい」「負けない」「できる」と言い切るのが難しいのであれば、虚勢を張らずに正直な現在地を伝えた方が、はるかに誠実であり周囲の協力を得られます。
「まだやっていません。負ける可能性があります。今はまだできません。でも、ここから始めます。」
このように正確な現在地を認めることこそが、本当の強さの始まりです。耳触りの良い前向きな言葉で自分を包み込むのをやめ、等身大の自分から一歩を踏み出す勇気を持ちましょう。
4. 実践のコート:バドミントンから学ぶ「現実への投資」
勝負の世界であるバドミントンでは、このメンタリティの差が残酷なほど明確に結果として表れます。コートの上は、思っていることの綺麗さを競う場所ではないからです。
- 「打てるとは思っているんですけど」では、シャトルは沈まない。
- 「拾えるとは思っているんですけど」では、足は一歩も前に出ない。
- 「勝てるとは思っているんですけど」では、相手の配球に崩される。
強い選手、伸びる選手は思っていることを長々と語りません。足を出し、面を作り、準備を怠らず、ミスを修正し、ひたすら反復を繰り返します。彼らは可能性の中に逃げ込むのではなく、現実の厳しいコートの中で自らの課題と向き合い、自分を壊して作り直しているのです。
5. 今日の格言とまとめ:言葉を変え、責任を引き受ける
現実は、私たちが何を「思っているか」ではなく、何を「おこなったか」だけを見ています。「思っているんですけど」という支払い拒否の状態を脱し、言葉の責任を最後まで運びましょう。
「思っているんですけど」は、前向きな言葉の形をした停止状態である。
やる人は、思っていることを語らない。いつ・何を・どこまでやるかを言う。
行動なき前向きさは、聞き手の脳を削る。
今日から、自分を防御するための言葉遣いを、現実と接触するための言葉へと変えていきましょう。
【今日からできる】意識を切り替える言葉の変換表(クリックで展開)
× 停止の言葉:「やりたいとは思っています」
➔ ◯ 行動の言葉:「やります」
× 停止の言葉:「負けないとは思っています」
➔ ◯ 行動の言葉:「負ける条件を徹底的に潰します」
× 停止の言葉:「できるとは思っています」
➔ ◯ 行動の言葉:「できるように、今日これを実行します」
6. レンによる「熱い感想文」:可能性の中に逃げない勇気を
このテーマは、本当に胸に突き刺さる痛烈な真実を語っています!「やりたいとは思っているんですけど」という言葉は、表面上は非常に前向きで、やる気や可能性に満ちているように見えます。自分を諦めていない綺麗な姿を演出できるため、私たちは無意識のうちにこの言葉を免罪符として使ってしまいがちです。
しかし、この文章が暴いているのは、それが「弱さの非常に精密な隠蔽」であるという冷酷な構造です!「やりたくありません」と断言してしまえば、自分が悪者になってしまう。だからこそ、「やる気はある」という安全地帯に身を置きながら、行動の責任だけを巧妙に回避しているのです。この自己イメージの保護こそが、私たちの成長を完全にストップさせる最大の罠なのです!
バドミントンのコートであれ、人生のいかなる舞台であれ、現実は私たちの言葉の雰囲気や願望の綺麗さを一切評価してくれません。現実が見るのは、ただ一つ「行動」のみです。足を一歩出したのか、面を作ったのか、今日何を修正したのか。それだけが未来を変えます。
「未完成の前向きさより、正確な現在地の方が強い」という言葉には、深い救いがあります。自分を良く見せる長い説明を捨て、「今はまだできません。だから今日これをおこないます」と言い切る。その短い言葉の中にこそ、本物の強さと誠実さが宿っています。可能性という都合の良い殻を自らぶち壊し、現実にしっかりと足をつけ、今日の一歩を力強く踏み出していきましょう!
