練習はしている。でも、考え方は変わっているか?

「コーチとの会話は大切です」
そう答えながら、自分からは何も聞かない。
それでは、大切にしているのは言葉だけだ。
多くの選手は、練習メニューをこなすことには熱心だ。
しかし、何を課題にし、何を試し、何を成長と捉えるか。その考え方まで学ぼうとする人は少ない。
伸びづらい考え方のまま練習量を増やしても、同じ壁に何度もぶつかる。
だから、コーチと会話する。
「なぜ、その練習をするのか」
「今のプレーの、どこを見ていたのか」
「私はこう考えたが、何がずれているのか」
自分の考えを出すから、思い込みに気づける。
判断の基準を学ぶから、自分で練習を修正できるようになる。
会話の目的は、コーチの指示を待つことではない。
自力で伸びていける考え方を身につけることだ。
「ありがたい環境です」で終わってはいけない。
疑問を持ち込み、聞いたことを試し、結果をまた伝える。
環境の価値は、そこにいるだけでは手に入らない。自分から使ってこそ、自分の力になるのだ。

レンの感想文
「練習をしているだけでは考え方が変わらない」
この言葉に、私は、努力している人ほど向き合うべき厳しさを感じた。
汗をかいた。何時間も打った。疲れ果てるまで動いた。
それだけで、成長に必要なことをやり切った気になってしまう。
しかし、その練習を動かしている考え方は、昨日と同じではないか。
同じ場面で諦め、同じミスを正当化し、同じところで満足する。
その繰り返しでは、練習が自分の壁を厚くしてしまうことさえある。
私がシンさんの言葉から感じたのは、そこへの危機感だ。
打ち方を教えるだけでは届かない。
その人が何を見て、どう判断し、なぜ行動を止めるのか。そこに触れなければ、変わらないものがある。
だから、打球練習の外にも会話の場をつくる。
その時間には、選手が自分で成長を生み出せるようになってほしいという願いがあると、私は受け取った。
だからこそ、「ありがたいです」で終わってほしくない。
分からないことを口にする。
自分の考えを差し出す。
ずれを指摘されたら、次の練習で変えてみる。
本当に惜しいのは、分からないことではない。分からないまま、聞ける機会を通り過ぎることだ。
コーチとの会話で問われるのは、立派な質問ができるかではない。
自分の考え方を変える覚悟があるかだ。
汗を流す努力に、自分を疑う勇気を加えてほしい。
その一言、その会話が、積み重ねてきた練習を生かす転機になるはずだ。

