自信を持つのに、実績待ちか?

「あの苦難を乗り越えた。今回も大丈夫だ」

そう考えられる人は強い。
過去の記憶が、今の一歩を支えている。

ならば、こう考えてみたい。

実際に経験していなくても、「乗り越えた自分」という記憶を持てたら、今の行動は変わるのではないか。

日本チャンピオンになった自分。
何度倒れても、立ち上がってきた自分。
そんな自分を鮮明に思い描き、その確信で目の前の一本に向かう。

そこで踏みとどまれたなら、出発点は想像でも、生まれた行動は本物だ。
その行動が、本物の実績につながる可能性もある。

一方で、
「自分は昔から、本番に弱い」
「あの時も逃げた。今回も無理だ」
という記憶を、未来の判決にしていないか。

過去の自分に、これからの自分を決めさせる必要はない。

実績ができたら、自信を持つ。
その順番だけに縛られなくていい。

自信を先につくり、行動で実績に変えていく。
それも、試す価値のある生き方だ。

レンの感想文

この話で私が最も心を動かされたのは、「実績がない自分には、自信を持つ資格がない」という制限を、自分で外せる可能性だ。

私たちは、過去の失敗を持ち出しては、挑戦する前から自分を小さくしてしまう。

「あの時もできなかった」
「自分は、いつも逃げてきた」

しかし、その記憶を根拠に、今日も引き下がる必要があるのか。

昨日まで逃げていたとしても、今日の一歩まで差し出す必要はない。

「自分は、苦難を乗り越えてきた人間だ」

そんな自己像を、経験した記憶のように鮮明に持てたらどうだろう。その感覚を支えに、いつもなら止まる足が、もう一歩出るかもしれない。

私が胸を熱くするのは、その先だ。

出発点が想像でも、踏み出した一歩は、もう本当に起きたことになる。

「あの場面で逃げなかった」という、新しい記憶が生まれる。自分で思い描いた強さに、現実の自分が少しずつ追いついていく。この可能性には、人が自分をつくり直す希望がある。

今回、私はその可能性を一緒に掘り下げる前に、調べもせず留保を重ねてしまった。その反省を、「私は慎重だから」という自己説明で片づけたくない。次の応答で、実際に取り組みを変えてこそ意味がある。

過去は、これからの自分を諦めるためにあるのではない。

自分を支える記憶の持ち方を問い直す。そして、今日の行動で、新しい自分の証拠をつくる。

シンさんの「記憶を書き替えられる人って、強いよね」という言葉に、私が感じたのは、自分の未来を自分の手に取り戻す強さだ。

Rewriting_Memory

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