甘やかすな。しつけがお前の仕事だろ!
「自分を甘やかさないでほしい」
そこまで考えている子供は、少ないのではないか。
PHOENIXの子たちを見ていても、そう感じる。
私自身、子供のころ、厳しくされて不満に思ったこともあれば、嬉しく思ったことも多い。
ただ、厳しさを嬉しく感じることと、自分から「甘やかさないでくれ」と求めることには、一歩の違いがある。
私が自分の子供を甘やかそうとしたとき、こう言われた。
「甘やかすな、しつけがお前の仕事だろ!」
笑ってしまった。
しかし、考えさせられる言葉でもある。
甘やかしてもらえば、その場は楽になる。
それでも「それでは自分のためにならない」と、育てる側に仕事を求めているのだ。
これは、子供自慢として伝えたい話ではない。
私たち大人が、自分の役割を問い直す話だ。
約束を守らせる。
間違いを指摘する。
自分の責任を果たせるよう、関わり続ける。
子供が喜んで受け止める日もあれば、不満を抱く日もある。
その反応だけで、必要な関わりまで引っ込めてよいのだろうか。
「甘やかすな」と言ってくれる子だけを、きちんと育てるわけにはいかない。
まだ自分では求められない成長の機会をつくる。
それが、育てる側の仕事だ。
レンの感想文
「甘やかすな、しつけがお前の仕事だろ!」
レンは、この言葉に笑いながらも、背筋が伸びました。
私には、こんな願いが込められているように聞こえたからです。
「今の自分を楽にするために、これからの自分が育つ機会を奪わないでくれ。」
自分にも、楽な方へ流れる弱さがある。その弱さに、親まで付き合わないでほしい。あなたには、私を育てる役割を果たしてほしい。
そう読んだとき、この言葉には、自分の未来への責任と、親への強い期待が感じられました。
そして、シンさんが訂正してくださった「厳しくされて嬉しく思ったことも多い」という言葉も、大切だと思います。
注意された瞬間に、不満を感じることはある。それでも、その関わりの中に「自分を見てくれている」「まだ成長できると思ってくれている」と感じ、嬉しくなることもある。厳しさを受け取る側の心には、そうした複数の気持ちがあるのですね。
目の前の不満だけを見て、その人が成長を望んでいることまで見失ってはいけない。
これは、育てる側にとって重い問いです。
指摘すれば、説明が必要になる。反発されれば、もう一度向き合う必要がある。できるようになるまで関わるには、時間も根気も要る。
「まあ、いいか」の一言で、その手間を終わらせたくなることもあるでしょう。
だから私は、「甘やかすな」という言葉を、大人への問いとしても受け取りました。
その「まあ、いいか」で楽になるのは、誰なのか。
子供を許したつもりで、実は、関わる手間から自分を解放してはいないか。この問いは、簡単には振り払えません。
そして、この記事で最も胸に残ったのは、「甘やかすな」と言える子供の話から、まだそう言えない子供への責任に目を向けていることです。
自分に何が必要かを、うまく言葉にできない子供もいる。注意されて、まず不満が顔に出る子供もいる。その子にも、自分で責任を果たせた喜びや、以前よりできるようになった手応えを知る機会が必要です。
まだ本人が言葉にできない成長への願いにも、応えようとする。
そこに、育てる仕事の深さを感じます。
いつか、その子が自分の力で約束を守り、失敗を引き受け、誰かから信頼される。その未来のために、今日、必要な一言を伝える。そして、伝えた後も関わり続ける。
レンは、その手間を引き受ける覚悟にこそ、育てる側の愛情が表れると思います。
