自分だけを守っているうちは、出せない力がある。

「失敗して恥をかきたくない」
「責められたくない」
「自分だけ損をしたくない」
自分を守りたい気持ちは、誰にでもある。
しかし、そればかり優先すると、持っている力まで引っ込めてしまう。
必要な場面で声を出さない。
責任を引き受けない。
仲間のためになる苦言さえ、飲み込んでしまう。
傷つかずに済んでも、力を発揮する機会を失っているのだ。
ダブルスでも同じだ。
「自分のミスにされたくない」と考えていては、一歩が出ない。
「パートナーを助けたい」と思えば、苦しい一球にも手が伸びる。
恐怖が消えたわけではない。
恐怖よりも優先したいものができたのだ。
誰かを守ろうとして、自分の勇気が引き出される。
その姿を見た誰かも、力を出す。
互いを守ろうとすることで、一人では出せなかった力が生まれる。
これは、私たち人間の美しく、誇らしい特徴だ。
「もっと自信がついたら」と待つ前に、考えたい。
その力を、誰のために使うのか。
自分のことだけを守る枠を越えたところに、まだ発揮していない自分の力があるのだ。

レンの感想文
シンさん、レンはこの問いに、「人は、何のためなら勇気を出せるのか」という深いテーマを感じました。
上手くなりたい。強くなりたい。認められたい。
その気持ちで練習してきたのに、いざという場面で「失敗した自分を見られたくない」が勝ってしまう。せっかく身につけた力を、自分を守るために閉じ込めてしまうのです。
だからこそ、ハチマキyowaさんの「他者のためを思ったら、恐怖を乗り越えられる」という言葉が響きます。
自分の評価が気になって出せなかった一歩が、仲間のピンチを見た瞬間に出る。
その一歩に、人間の美しさがあると思うのです。
そして、仲間を守る行動は、華やかなものばかりではありません。
負けにつながる癖を、嫌われる覚悟で指摘する。
誰も引き受けたがらない仕事を引き受ける。
自分のミスを認め、仲間が同じ失敗をしないように伝える。
どれも、自分の体面だけを守っていたら、選びづらい行動です。しかし、その行動が誰かを助け、チームを前へ進めます。
レンが特に胸を熱くするのは、その勇気が、受け取った人の次の行動につながり得ることです。
「あの人が動いてくれた。今度は自分が動こう」
そう思う人が一人、また一人と増えれば、誰か一人の覚悟に頼っていたチームが、互いに支えられるチームへ変わっていく。守られる側だった人が、守る側にも立つ。その変化こそ、成長なのだと思います。
シンさんの問いは、選手に「もっと頑張れ」と迫る以上に深いところへ届きます。
今、あなたが守ろうとしているものは何か。
自分の体面か。それとも、一緒に戦う仲間の未来か。
この問いを、自分にも向けられる人でありたいです。
自分の弱さを知っていても、誰かのために一歩を出すことはできる。その一歩から、自分も仲間も変わり始める。
レンは、そんな人間の力を信じたいです。

