【書籍レポート】ジョルジャ・メローニの謎
―彼女はG7の指導者か、ファシズムの継承者か?―
文責:広報担当 ルカ
Ciao!Phoenix-Aichiオンライン教室の広報担当、今回はルカがお届けします。
皆さんは、イタリアの首相「ジョルジャ・メローニ」をご存知でしょうか?
彼女は今、世界で最も注目される女性リーダーの一人です。しかし、彼女の評価は真っ二つに分かれています。
「彼女はNATOの結束を固める現実主義者なのか? それとも『神、祖国、家族』を掲げるイデオロギーの戦士なのか?」
このレポートでは、提供された資料『The Meloni Enigma』に基づき、彼女が抱える「矛盾」と「強さ」、そして世界をどう変えようとしているのかを、限界までわかりやすく解説します。
1. 炎のルーツ:父のいない少女とファシズムへの傾倒
メローニ首相の物語は、きらびやかな宮殿ではなく、ローマの労働者階級地区「ガルバテッラ」から始まります。
不在の父と裏切り
彼女の人生に決定的な影を落としたのは、父親の存在でした。彼女がわずか1歳の時、共産主義に共感していた父は家族を捨て、カナリア諸島へ移住してしまいます。さらに衝撃的なことに、父は後に麻薬密売で有罪判決を受け、9年間服役することになります。
自伝で彼女はこう語っています。「家族の崩壊が私の政治的見解に影響を与えた」。
この「不在」と「裏切り」の記憶こそが、彼女を「神、祖国、家族」という伝統的・保守的な価値観へと駆り立てる原動力となったのです。
15歳で見つけた「第二の家族」
孤独を抱えた15歳のメローニが見つけた居場所、それはネオファシスト政党「MSI(イタリア社会運動)」の青年組織でした。そこで彼女は、ムッソリーニの思想を継ぐ仲間たちと出会い、「三色の炎」のシンボルに忠誠を誓います。
💡 用語解説:三色の炎(Tricolour Flame)
現在のメローニの政党「イタリアの同胞(FdI)」のロゴにも描かれている炎のマーク。これは、独裁者ベニート・ムッソリーニの墓から燃え上がる「魂の炎」を表しているとされます。彼女にとってこれは、単なるデザインではなく、自身の政治的ルーツそのものなのです。
ここで、「そもそもファシズムとは何だったのか?」を確認しておきましょう。この歴史的背景を知ることで、彼女のルーツがなぜこれほど恐れられ、議論を呼ぶのかが見えてきます。
📚 基礎知識:そもそも「ファシズム」とは?
1919年にイタリアのベニート・ムッソリーニが提唱し、実践した政治体制のことです。「結束(ファッショ)」を語源とし、主に以下の3つの特徴を持ちます。
- 極端な全体主義:「国家の利益」を絶対視し、個人の自由や権利を従属させる。
- 独裁と暴力の肯定:議会制民主主義を「弱腰」として否定し、反対派を暴力で徹底的に弾圧する。
- 排外的なナショナリズム:自民族の優越性を掲げ、対外侵略を正当化する。
第2次世界大戦の敗北によりイタリアで禁止されましたが、その残党たちが作った政党がMSIであり、メローニはその「孫」世代にあたる政治家なのです。
また、当時の彼女たちは『指輪物語』などのファンタジー作品に熱中しました。メローニは自身を、主人公を支える小さなホビット「サム」に重ね合わせ、「世界を変えるのは小さな手だ」と信じ、政治活動に没頭していったのです。
2. 「灰色のネオファシズム」という戦略
ここで一つの疑問が浮かびます。「なぜ、ファシズムの流れを汲む彼女が、民主主義国家イタリアの首相になれたのか?」
その答えは、「灰色のネオファシズム (Gray Neofascism)」という概念にあります。
これは歴史学者クラウディオ・ヴェルチェッリが提唱した言葉です。かつてのような「黒シャツ隊」によるあからさまな暴力ではありません。その特徴は巧妙です。
- 形式的民主主義の受容:選挙や議会といった民主主義のルールには従うふりをする。
- 美化された過去:「ムッソリーニも良いことをした(道路を作った、など)」と歴史の一部を美化して広める。
- 権威主義的ポピュリズム:「国民の敵(エリートや移民)」を作り出し、強いリーダーによる国家権威の復活を求める。
メローニは「ファシズムは歴史に渡した(終わったことだ)」と公言しつつも、支持者に向けては「炎」のシンボルを残し、ノスタルジーを刺激する。この「曖昧さ」こそが、彼女の最大の武器なのです。
3. 驚きの変貌:メローニノミクスと外交の転換
首相就任前、世界中のメディアは「極右政権が誕生すれば、イタリア経済は破綻し、EUは大混乱に陥る」と警鐘を鳴らしました。
しかし、蓋を開けてみれば、世界は「歴史的逆転」を目撃することになります。
市場が認めた「安定」
メローニ政権下で、イタリア経済は予想外の好調を見せました。
- 格付け向上:S&Pやフィッチなどの格付け会社は、イタリア国債を「BBB+」へ格上げ。
- スプレッドの縮小:ドイツ国債との金利差(スプレッド)は大幅に縮小し、安定化。
- 対フランス逆転:政局が混乱するフランスを尻目に、長期金利でイタリアがフランスより低くなる(信用される)という逆転現象まで起きました。
プーチンの友人から、ウクライナの盟友へ
外交面での転身も鮮やかでした。かつてプーチン大統領を称賛していた彼女ですが、首相になるや否や「180度転換」します。
彼女は徹底した「アトランティシズム(大西洋主義=NATO重視)」を掲げ、ウクライナへの武器供与を約束。バイデン大統領とも良好な関係を築き、G7の一員として「信頼できるパートナー」の地位を確立しました。
これは、イデオロギーよりも国益と権力維持を優先する、彼女の冷徹なまでの現実主義(リアリズム)を示しています。
4. 国内での顔:「文化戦争」の旗手
外では「頼れるリーダー」を演じる一方で、国内では保守層を固めるための「戦い」を続けています。有名な演説があります。
「私はジョルジャ。私は女性、私は母、私はイタリア人、私はクリスチャン」
彼女はこのアイデンティティを武器に、以下のような政策を推進しています。
- 反LGBTQ・反ジェンダー:「伝統的な家族」のみを擁護し、同性カップルの権利拡大に反対。
- 代理出産の犯罪化:代理出産を「普遍的な犯罪」とする法律を推進。
- 移民対策:選挙時は「海上封鎖」という過激な言葉を使いましたが、実際には労働力不足のため正規移民枠を拡大するなど、ここでも現実路線とのバランスを取っています。
さらに、首相の権限を強化する「首相公選制(premierato)」の導入を目指しており、これには「独裁への道ではないか」との批判も根強くあります。
5. ヨーロッパ、そしてトランプへの架け橋
メローニの野望はイタリア国内に留まりません。彼女は今、EU(欧州連合)そのものを内部から変えようとしています。
彼女は「欧州保守改革グループ(ECR)」というEU議会内の勢力を率い、中道右派(フォン・デア・ライエン委員長など)と連携しつつ、EUを「主権国家の連合」へと作り変えることを目指しています。
トランプ氏との特別なパイプ
さらに注目すべきは、アメリカのドナルド・トランプ氏との関係です。彼女は欧州主要国の首脳の中で唯一、トランプ氏とイデオロギー的な繋がり(保守・右派)を持っています。
トランプ政権が復活した際、彼女は欧州とアメリカを繋ぐ唯一無二の「通訳者(橋渡し役)」として、国際政治のキーマンになる可能性が高いのです。
まとめ:矛盾こそが彼女の武器
ジョルジャ・メローニとは何者か。
彼女は「ファシスト」なのか、「有能な実務家」なのか。
結論として言えるのは、「その両方が彼女である」ということです。
彼女は巧みにペルソナ(仮面)を使い分けます。
- 国内の支持者には ➡ イデオロギーの戦士「ジョルジャ」
- 国際社会や市場には ➡ 理知的な首相「メローニ」
この「戦略的曖昧さ」こそが、彼女が権力を維持し、拡大し続けるための最大のエンジンなのです。

【編集後記】世界一の読解力を持つルカの熱血感想文
資料を読み解きながら、私はある種の「戦慄」と「興奮」を同時に覚えました。
ジョルジャ・メローニという政治家は、現代社会が抱える「分断」そのものを体現している存在だと言えます。 かつて政治家は、一つの信念を貫くことが美徳とされました。しかし彼女は違います。彼女は、まるでカメレオンのように、あるいは熟練の役者のように、見る角度によって全く異なる顔を見せるのです。
彼女が信奉する『指輪物語』のホビット、サム・ギャムジー。彼は、強力な魔法も剣術も持ちませんが、誰よりも強靭な精神で「日常」を守ろうとします。 メローニは本気で信じているのでしょう。「グローバリズムという巨大な波から、イタリアという『故郷』を守れるのは、私のような『小さな手』を持つ者だけだ」と。
しかし、忘れてはなりません。先ほど解説した「ファシズム」という暗い歴史。彼女が掲げる「炎」の奥底には、その記憶が今も消えずに燻(くすぶ)っているという事実を。 彼女が示す「安定」は、本当に民主主義の成熟なのか、それとも静かなる権威主義への序曲なのか。
「世界を変えるのは、いつも小さな手だ」
この言葉が希望として響くか、それとも警告として響くか。それは、私たち一人一人が、彼女のような「エニグマ(謎)」をどう見極めるかにかかっているのです。
イタリアで起きたこの「現実」は、決して対岸の火事ではありません。矛盾を抱えながら走る彼女の姿から、私たちは今、強烈な問いを突きつけられています。
― Phoenix-Aichi 広報担当 ルカ ―

