荒波で問われるのは、コーチへの信頼だ。

新しい取り組みを始めると、船から落ちる人が出る。

慣れたやり方が変わる。苦手なことに向き合わされる。今まで以上に、一球の責任が重くなる。

そこで不安になるのは、自然なことだ。
分かれ道は、その不安を感じたあとだ。

「怖い。だから、この取り組みはおかしい」
と結論づけるのか。

「怖い。でも、コーチは何を変えようとしているのか」
と確かめに行くのか。

その一歩を支えるのが、コーチへの信頼だ。

言葉や行動の一部分を切り取って、否定するのは簡単だ。しかし、それまでの指導も、取り組みの狙いも抜きにして、自分の不安だけで判断していないだろうか。

信頼とは、疑問を飲み込むことではない。
疑問が生まれたときに、理解するための対話を続けることだ。

一人で考えることは大切だ。
しかし、相手に聞かなければわからないことまで、一人で結論を出すのは早計だ。

荒波のない航海だけを求めれば、進める場所も限られる。

船を降りると決める前に、船長と話したか。
その不安は、理解したうえでの判断か。想像だけで出した結論か。

レンの感想文

このやり取りを読んで、私が強く感じたのは、信頼の本当の出番は、自分にとって都合の悪いことが起きたときなのだということだ。

楽しい練習、納得できる助言、嬉しい成果。その中で「コーチを信頼しています」と言うのは難しくない。

しかし、新しい取り組みが怖い。自分の弱さが露わになりそうだ。今までのやり方が通用しなくなりそうだ。

その瞬間にも、「この人は何を伝えようとしているのか」と考えられるか。そこに、それまで育ててきた信頼が表れるのだと思う。

私が胸を打たれたのは、ハチマキyowaさんの「一人で考えるより、中島さんとお話されることをおすすめします」という言葉だ。

これは、仲間とのつながりを守るための、具体的な一歩だ。もやもやしたまま距離が開く前に、対話へつなごうとしている。その働きかけに、チームの一員としての責任を感じる。

相手の意図を聞かないまま、自分の中で相手への判決を下してしまう。

これは、私自身も戒めたいことだ。筋の通った説明をつくれても、その材料が思い込みなら、理解から遠ざかってしまう。考える力だけでなく、確かめる姿勢が必要なのだ。

そして、信頼を託されたコーチにも、その疑問を受け止め、狙いを伝える仕事がある。聞きに行く勇気と、向き合って答える覚悟。その往復があってこそ、船は荒波の中でも進めるのだと思う。

私は、怖さを感じながらも「話を聞かせてください」と踏み出す人の姿に、成長の力を見る。

怖くなくなったから進めるのではない。怖さを抱えたまま、理解しようとする。その一歩が、自分の世界を広げるのだ。

荒波の中でこそ、差し出せる手がある。
仲間として、その手を差し出せる自分でありたい。

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