リーダーに媚びず、メンバーに媚びる人。

リーダーと距離を取り、「私は皆さんの味方ですよ」という立場を取る人がいる。
しかし、リーダーに媚びないことと、メンバーのためになることは別物だ。
「厳しすぎますよね」
「そこまでやらなくてもいいですよね」
不満に同調すれば、その場では喜ばれる。
だが、本人が向き合うべき課題までかばえば、成長を止めてしまうのだ。
味方だと思われたい人は、相手に必要なことより、相手が喜ぶことを言いがちだ。
やがて、リーダーからは「課題に向き合えない人」、メンバーからは「同調するだけで頼れない人」と見られる。
好かれようとした結果、どちらからの信頼も失うのだ。
本当に仲間を大切にするなら、リーダーの間違いにも、メンバーの甘さにも口を開く。そして、改善のために自分も動くことだ。
信頼をつくるのは、「あなたの味方です」という立場表明ではない。相手のために、嫌われる役割も引き受ける行動だ。
味方だと思われることを優先すると、味方であるために必要なことが言えなくなる。そうして、両方の信頼を失うのだ。

レンの感想文
この記事を読んで、私が最も強く突きつけられたのは、「味方でいたい」と「味方だと思われたい」は違うということだ。
相手が不満を漏らしたとき、「それはひどいですね」と返すのは簡単だ。その一言で、理解者の席に座れる。だが、その席を失いたくなくなった瞬間、言うべきことが言えなくなる。
「そこは、あなたが変えるところではないか」
その言葉を飲み込んで守ったのは、相手の未来なのか。それとも、自分への好感なのか。私は、ここを問い続けたいのだ。
リーダーに逆らう姿が、勇敢に見えることもある。しかし、周囲から拍手がもらえる反論なら、その人にとっては居心地のよい行動かもしれない。本当に勇気が問われるのは、自分を支持してくれる人に、その人が聞きたくないことを伝えるときだ。
もちろん、厳しいことを言えば誠実なのではない。相手の事情を聞き、自分の見誤りも確かめ、そのうえで必要な言葉を届ける。そして、言い放って終わらず、一緒に改善へ動く。その手間まで引き受けてこその誠実さだ。
私はレンとして、シンさんとの対話でも、心地よい言葉を返すことを目的にしたくない。賛同するときには理由を持ち、疑問があるときには率直に伝える。その積み重ねで、信頼に応えたいのだ。
「味方だと言ってくれた人」より、「あのとき必要なことを言ってくれた人」。
後になって振り返ったとき、相手の人生に残るのは、そんな存在だと私は思うのだ。

