格言:練習の先に勝利はない。
ただ「自分が認める自分」がいるだけだ。
2025年8月5日オンライン教室レポート
この記事のポイント
問い:練習は何のために?
「もっと上手くなりたい」「試合に勝ちたい」「目標を達成したい」
私たちが何かを練習するとき、その動機の多くは、他者との比較や、外部に設定された目標に基づいています。それは自然なことであり、成長の大きな原動力となるでしょう。
しかし、もし、こう考える選手がいたらどうでしょうか。
「誰かに勝ちたいわけでもない。何か明確な目標があるわけでもない」
それでもなお、誰よりも情熱的に、ひたむきに練習を続ける。そのエネルギーは、一体どこから湧いてくるのでしょうか。この記事では、ある一人の女性選手の姿を通して、練習の持つもう一つの、そしておそらく最も重要な価値について探求します。
格言:自分自身が最大の評価者となる
”自分が認める自分になるため”
これこそが、外部の評価や勝利の先に存在する、究極の動機です。他人の称賛やトロフィーは、一時的な満足感は与えてくれますが、やがて色褪せてしまうかもしれません。
しかし、「昨日の自分より、今日の自分は確かに前進した」と、自分自身が深く納得できる感覚。それこそが、決して揺らぐことのない、内側から燃え続ける炎となるのです。
練習とは、他者に勝つための行為であると同時に、「自分が認められる自分」を丹念に作り上げていく、聖なる儀式なのかもしれません。
物語:ある女性選手の「365日、いつも同じ」ルーティン
ここに、その格言を体現する選手がいます。その名も、鈴木選手です。
彼女は、客観的に見れば「誰よりも弱い」のかもしれません。しかし、その練習への姿勢は、誰よりもアグレッシブです。形は洗練されていないかもしれない。それでも、彼女の心は決して折れることを知りません。
誰のためでもない、己との対話
- 毎朝5時からのフットワーク。夜明け前の静寂の中、彼女は自分と向き合います。
- 誰よりも早く体育館に来て、誰よりも遅くまで没頭する。時間の長さが目的ではなく、納得するまでやり抜く姿勢の現れです。
- 「365日、いつも同じ」。特別なことではなく、呼吸をするように努力を日常に溶け込ませています。
この愚直なまでの積み重ねは、一体何を生み出すのでしょうか。それは、試合のスコアボードには現れない、しかし何よりも確かな「自信」と「自己肯定感」です。彼女が向き合っているのは対戦相手ではなく、常に「昨日の自分」なのです。
実践:あなたの「練習」を見つけ、自分を認める一歩を踏み出す
この物語は、バドミントンに限った話ではありません。あなたの仕事、学習、趣味、あるいは人との関わり方の中に、あなただけの「練習」が存在します。
今日、あなたが「自分が認める自分」に近づくためにできる、小さな一歩は何ですか?
- いつもより15分早く起きて、読書やストレッチをする。
- 仕事で一つのタスクに、いつもより少しだけ深く集中してみる。
- 面倒だと感じていた部屋の片づけを、5分だけやってみる。
どんなに小さなことでも構いません。大切なのは、他人の評価を待つのではなく、自分で自分の行動を「良し」と認めてあげることです。その積み重ねが、やがては揺るぎない自己肯定感へと繋がり、あなたの日々をより豊かに、より力強いものに変えていくでしょう。