書籍レポート『ロレックスの経営史』

Phoenix-Aichi オンライン教室 / 書籍解説コラム

こんにちは! Phoenix-Aichi オンライン教室、本日のブログ担当は、広報担当の「タツミ」です!

皆さん、腕時計はお好きですか? 好き嫌いは別として、誰もが一度はその名を聞いたことがあるブランド、それが「ロレックス(Rolex)」です。

「高い時計でしょ?」「お金持ちの象徴だよね」……はい、その通りです。でも、なぜロレックスだけが、これほどまでに「別格」の扱いを受けるのでしょうか?

実はロレックス、最初から「高級ブランド」だったわけではないんです。そこには、ものづくり企業が喉から手が出るほど欲しい「ブランディングの極意」が隠されていました。

今回は、大阪大学大学院教授 ピエール=イヴ・ドンゼ氏の著書『ロレックスの経営史』をもとに、ロレックスがいかにして「ただの時計」を「夢」に変えたのか、その秘密を熱く、わかりやすく解説します!

1. なぜ「ロレックス」なのか? ~ものづくりから「ゆめづくり」へ~

本書の最大のテーマは、ロレックスが成し遂げた「世界初の快挙」にあります。

それは、時計という製品を「時間を知らせる便利な機械」から、「夢や感情を伝えるアクセサリー」へと昇華させたことです。

ここがポイント!

多くの日本企業も苦労している点ですが、単に「性能が良いもの」を作るだけでは、世界一のブランドにはなれません。ロレックスは、「性能」の上に「物語(ナラティブ)」を乗せることで、唯一無二の地位を築きました。

著者はこれを「ものづくりから、ゆめづくりへ」と表現しています。素敵な言葉ですよね。

2. 創業期の挑戦 ~差別化への渇望~

ドイツ人商人、ハンス・ウィルスドルフの野望

ロレックスの物語は、20世紀初頭、創業者のハンス・ウィルスドルフから始まります。彼は時計職人ではなく、「商人(セールスマン)」でした。ここが非常に重要です。

当時、時計業界の覇者だったスイスのメーカーたちは、「いかに正確な時計を作るか」で競っていました。しかし、ウィルスドルフは気づきます。

「正確なだけじゃダメだ。独創的な製品として差別化しないと勝てない」

「Rolex」という名前の発明

1905年、ロンドンで創業した彼は、すぐに自社ブランドの重要性に気づき、「Rolex」という商標を登録します。短く、どの言語でも発音しやすく、文字盤に刻印したときに美しく見える名前。彼は最初から「ブランド」を意識していたのです。

【解説】マニュファクチュール 時計業界の専門用語で、ムーブメント(駆動装置)から自社で一貫製造するメーカーのこと。当時のスイスは分業制が主流でしたが、ロレックスも当初は部品供給を受けていました。

その後、第一次世界大戦の影響で関税が高騰したため、拠点をスイス(ビエンヌとジュネーブ)に移します。ここで、ムーブメント製造会社の「エグラー社」と運命的な提携を結びます。

戦間期のヒット作:オイスターとパーペチュアル

1920年代〜40年代、ロレックスは技術的な大ヒットを飛ばします。

  • オイスター(1926年):完全防水ケースの腕時計。
  • パーペチュアル(1931年):自動巻き機構。

しかし、著者は冷静に分析します。この時点でのロレックスは、まだ「高品質な時計を大量生産して売る」という、他社と同じビジネスモデルだったのです。

3. 運命を変えた「広告戦略」 ~機能を語るな、夢を語れ~

ロレックスが「精密機械」から「成功の証」に変わったのは、第二次世界大戦後のことです。ここで登場するのが、世界最大の広告会社「J・ウォルター・トンプソン(JWT)」です。

JWTが仕掛けた「ナラティブ(物語)」

1947年、ロレックスはJWTと提携します。JWTは、時計のスペック(機能)を宣伝するのをやめました。代わりに何をしたか?

「エクセレントな人のための、エクセレントな時計」というイメージを作り上げたのです。

証言広告のインパクト

JWTは、探検家やスポーツ選手、企業のトップなど、「成功者」や「挑戦者」を広告に登場させました。

  • エベレスト登頂隊
  • ドーバー海峡を泳いで渡るスイマー
  • トップレベルの会議に出るビジネスリーダー

これにより、一般の人々はこう思うようになります。
「あの過酷な環境に耐える時計なら、私の日常でも壊れないだろう」
「この時計をつければ、私も成功者の仲間入りができるかもしれない」

これが、ロレックスが「権力と自己実現の成功」を表現するアクセサリーへと進化した瞬間でした。

4. ロレックスの強さの秘密 ~製造と販売の分離~

なぜロレックスだけが、これができたのか? 著者は2つの勝因を挙げています。

勝因①:製造と販売の完全分離

ここが非常に面白い点です。ロレックスは長年、以下の2社体制で運営されていました。

  • ビエンヌの「ロレックス製造」:ひたすら良いムーブメントを作る(技術屋集団)
  • ジュネーブの「ロレックス時計」:組み立て、マーケティング、販売を行う(販売屋集団)

技術者は技術に没頭し、販売部隊は「どう売るか」「どう魅せるか」に特化する。お互いがプロフェッショナルとして独立していたからこそ、最高品質を維持しながら、世界最高のマーケティングができたのです。

勝因②:新しい市場の開拓(アクセシブル・ラグジュアリー)

ロレックスは超高級時計(パテック・フィリップなど)ほど高すぎて買えないものではありません。頑張れば手が届く。

「いつかはロレックス」

中流階級の人々にとっての「到達可能な夢」というポジションを確立したことが、爆発的な普及につながりました。これを「アクセシブル・ラグジュアリー(手の届く贅沢)」と呼びます。

担当・タツミの熱血感想文

今回の『ロレックスの経営史』を読んで、私は鳥肌が立ちました。

正直に言います。私はこれまで、ロレックスを「単なる高い時計」だと思っていました。「スマホがあれば時間はわかるじゃないか」と。しかし、それは浅はかな考えでした。

ロレックスが売っていたのは、金属の塊ではありません。彼らが売っていたのは、「自信」であり、「達成感」であり、「人生の道標」だったのです。

創業者のウィルスドルフが「ただ正確な時計」に満足せず、「独創性」を追い求めたこと。そして、技術におごることなく、「それがユーザーにとってどんな意味を持つか(=成功の証)」を徹底的に伝えたこと。

これは、現代の私たちにも強烈に突き刺さります。 私たちは仕事で、ついつい「機能」や「スペック」ばかり説明していませんか? 「その仕事が、相手にどんな未来を見せるのか」を語れていますか?

ロレックスの時計が、親から子へ受け継がれるように、この本に書かれた「価値の伝え方」もまた、時代を超えてビジネスパーソンが学ぶべき真理だと確信しました。

ロレックス、恐るべし。私もいつか、自分の人生の記念碑として、この時計を左腕に巻けるような「エクセレント」な人間になりたいと、心から熱く思いました!

Phoenix-Aichi オンライン教室
広報担当:タツミ
 
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