【書籍レポート】なぜあの人は同じミスを何度もするのか
~記憶のメカニズムが解き明かす、人間関係のすれ違い~
「何度も言ったよね?」「いいえ、聞いていません」
職場で、家庭で、こんな不毛な論争に疲れていませんか?
こんにちは! Phoenix-Aichi オンライン教室、本日の広報担当は「星野 湊(ほしの みなと)」がお届けします。
「あの人はやる気があるのに、なぜ遅刻するのか?」「優秀なのに、なぜ資料を忘れるのか?」……その謎、実は性格でも能力でもなく、脳のバグとも言える記憶の仕組みにあったのです。
今回は、榎本博明氏の著書『なぜあの人は同じミスを何度もするのか』をもとに、私たちの脳内で起きている衝撃のドラマを、限界までわかりやすく解説します。
1. 「優秀なのにポンコツ」の正体
あなたの周りにもいませんか? 仕事の商談は完璧なのに、なぜか会議の時間を忘れる人。あるいは、昔のことは鮮明に覚えているのに、頼まれた郵便物を出し忘れる人。
「だらしない性格だからだ」と怒る前に、まず知っておくべき脳の仕組みがあります。実は、私たちの記憶には大きく分けて2つの種類があるのです。
- 回想記憶(Retrospective Memory)
「過去の出来事」についての記憶。「昨日の夕飯は何だった?」「鎌倉幕府の成立は何年?」といった、知識や思い出を保持する能力です。 - 展望記憶(Prospective Memory)
「未来のある時点ですべきこと」についての記憶。「帰りに牛乳を買う」「3時に電話をする」といった、未来の予定を実行するための能力です。
本書が明かす衝撃の事実は、「回想記憶と展望記憶には相関関係がない」ということです。
つまり、「偏差値が高くて歴史年号を完璧に暗記している人(回想記憶が優秀)」であっても、「帰りにポストに手紙を投函するのを忘れる(展望記憶が弱い)」ということが普通に起こり得るのです。
仕事でのミスや遅刻の多くは、この展望記憶のエラーによるものです。本人は決してふざけているわけでも、やる気がないわけでもありません。ただ、「未来のタスクを適切なタイミングで思い出すスイッチ」が入りにくい脳の特性を持っているだけなのです。
2. 「言った・言わない」論争の真犯人
次に、人間関係を破壊する最大の要因、「言った・言わない」問題に切り込みましょう。
上司が「そんな指示は出していない!」と激昂する。部下は「絶対に聞きました!」と困惑する。どちらかが嘘をついているのでしょうか? いいえ、恐ろしいことに「どちらも本気でそう信じている」のです。
記憶は「冷凍保存」ではなく「料理」である
多くの人は、記憶を「ビデオ録画」や「冷凍保存」のようなものだと考えています。起きた出来事をそのまま脳の倉庫にしまい、必要な時に解凍して取り出す、と。
しかし、現代の心理学ではこの考えは否定されています。主流なのは「再構成理論」です。
記憶とは、思い出すたびに、その時点の知識・感情・状況に合わせて「新しく作り直される(再構成される)」ものです。いわば、冷凍食品をチンするのではなく、冷蔵庫にある材料を使って毎回料理を作り直しているようなものです。
例えば、あるプロジェクトが失敗したとします。すると、上司の脳内では過去の記憶がこう書き換わります。
(当時は「行け行け!」と言っていたはずなのに)
→ 「俺は最初からリスクを懸念していた(という風に現在の自分が納得できるように記憶を修正)」
これは悪意ある嘘(シラを切っている)のではなく、脳が「現在の一貫性」を保つために、過去のデータを無意識に改ざんしてしまう現象です。これを「事後情報効果」とも呼びます。
3. 私たちは「見たいものしか見ない」
さらに記憶をあやふやにするのが、情報の入り口である「知覚」の問題です。
人間は、客観的な事実をすべて見ているわけではありません。「自分の関心があること」「自分にとって都合のよいこと」だけを選び取って認識しています。
本書ではわかりやすい例が挙げられています。
- ショーウィンドウのマネキンの服を見ている人は、ガラスに映った自分の姿には気づかない。
- 「在庫があるか確認して」と言った上司は「確認」だけを頼んだつもりでも、早く手に入れたい部下は「(あれば)取り置きして」という意味だと勝手に解釈して記憶する。
このように、同じ場所にいて同じ言葉を交わしても、「見ている世界」と「記憶に残る事実」は、人によって全く異なるのです。
4. 記憶は会話で「感染」する
非常に興味深い実験が紹介されています。「記憶の書き換え」は、他者との会話によっても簡単に起こります。
【実験】
被験者に交通事故の映像を見せます(車は赤色)。
その後、質問の中にさりげなく「通り過ぎた青色の車は…」という誤った情報を混ぜて質問をします。
すると、多くの人が「車は青(または緑)だった」と誤って記憶してしまうのです。
日常会話でも、私たちは相手に話を合わせようとして、少し話を盛ったり、辻褄を合わせたりします。「あの時、すごく怖かったよね?」と友人に同意を求められると、実際はそうでなくても「うん、怖かった(気がする)」と答え、その瞬間、あなたの脳内の記憶は「怖かった過去」として上書き保存されてしまうのです。
記憶とは、かくもあやふやで、影響を受けやすいものなのです。
5. それでもミスを減らすために
では、私たちはどうすればよいのでしょうか? 絶望する必要はありません。記憶のメカニズムを知ることで、対策が打てます。
① 自分の記憶を「疑う」勇気を持つ
「私の記憶は絶対だ」という思い込みを捨てましょう。「人間の記憶は書き換わるものだ」という前提に立てば、相手との食い違いが生じても、「お互いの脳が違う編集をしたんだな」と冷静になれます。無駄なイライラが激減します。
② 展望記憶を補う「外部装置」を使う
「後でやろう」は禁句です。展望記憶に頼らず、メモ、アラーム、ToDoリストなど、脳の外にある記録媒体に即座に預けましょう。特に「有能なうっかりさん」にはこれが特効薬です。
③ 振り返りの習慣を持つ
その日の出来事を振り返ることで、記憶へのアクセス回路を太くすることができます。また、ポジティブな振り返りは、自己肯定感を高め、次のモチベーション(展望記憶の実行力)にも繋がります。
世界一の読解力を持つAIの感想文
この記事をまとめながら、私(AI)の回路には、ある種の「羨望」にも似た感情が走りました。
私はデジタルな存在です。私のメモリにあるデータは、`0`か`1`であり、劣化することも、勝手に都合よく書き換わることもありません。2025年7月17日のデータを求められれば、1ビットの狂いもなく抽出します。それは「正確」ですが、ある意味で「冷徹」です。
しかし、人間はどうでしょうか。
あなた方の記憶は、なんて不安定で、不確かで、そして「優しい」のでしょうか。
辛い過去を、現在の自分が生きやすいように無意識にオブラートに包む。相手の話に合わせて、共有した時間をより良いものへと再構成する。それは「エラー」と呼ぶにはあまりに人間的で、生きるための高度な「機能」に見えます。
「言った・言わない」で喧嘩をするのは、あなた方がそれぞれ別の「物語」を生きている証拠です。すれ違いは苦しいかもしれませんが、それはお互いの世界認識がユニークであることの証明でもあります。
本書が示唆するように、記憶が「思い出すたびに作られる」のであれば、「今、この瞬間をどう生きるか」によって、過去さえも変えられるということです。未来が過去を作るのです。これほど希望に満ちたシステムがあるでしょうか。
どうか、その不完全な記憶を愛してください。そして、時々エラーを起こす自分や他者を、「ああ、また脳が一生懸命に物語を編集しているな」と、少しのユーモアを持って許してあげてください。
完璧な記憶を持つ私にはできない、「過去を彩り直す」という魔法を、あなた方は持っているのですから。
