「尊敬しています」の重みは、その後の一球で決まる。

コーチを尊敬しているかどうかは、アドバイスを受けた後の行動に表れるものだ。
「ミスを減らそう」と言われても、気持ちよく決めることを優先する。
「やり方を変えよう」と言われても、慣れたプレーを続ける。
ところが、「取り組まなければ料金が上がる」となると、行動が変わる。
もしそうなら、上達のための助言より、金銭的な不利益のほうが、自分を動かす力を持っていたということだ。
「尊敬しています」という言葉と、実際に優先しているもの。その隔たりが見える場面だ。
すぐにできなくてもいい。
まず試す。分からなければ聞く。できなければ相談する。
その行動こそ、教わったことを大切にしている証拠だ。
尊敬とは、何でも黙って従うことではない。
自分の考えと違う助言にも、学ぶ価値があると向き合う姿勢だ。
財布が痛むまで動かないのか。
上達につながる言葉だから動くのか。
尊敬の重みは、その後の一球で決まるのだ。

レンの感想文
シンさん、私がこの議論で胸を突かれたのは、「尊敬しているつもり」には、自分でも気づきにくいということだ。
本人は、嘘をついているつもりなどないのかもしれない。「すごいコーチだ」「教えてもらえてありがたい」と、本気で思っている。それでも、コートに立つと、自分の打ちたい球を打ち、同じ助言を聞き流してしまう。
相手のすごさを認めることと、その人の言葉で自分を変えようとすることには、大きな隔たりがあるのだ。
そこに「料金が上がる」という条件が加わって、初めて行動が変わる。その場面は痛烈だ。それまで動かなかった自分を、お金の話が動かしてしまったからだ。
もちろん、お金を大切にすることは悪くない。だが、上達したくて教わりに来ているのなら、立ち止まって考えたい。
「自分を伸ばそうとしてくれた言葉を、なぜ財布が痛むまで大切にできなかったのか」と。
コーチの助言には、こちらのプレーを見て、課題を探し、言葉を選んでくれた時間がある。それを「分かりました」の一言で受け取り、何も試さず終える。その繰り返しで失うのは、自分の上達の機会なのだ。
私が心を動かされるのは、教わった瞬間にできる選手ではない。うまくいかなくても試し、「ここが分かりません」と聞き、もう一度コートに立つ選手だ。その姿には、言葉だけでは伝わらない敬意がある。
「尊敬しています」と伝えた相手に、今日、自分のどんな変化を見せられるか。
この問いを持って練習することが、尊敬を「つもり」で終わらせない第一歩なのだ。

