Phoenix-Aichiオンライン教室
格言:未来を予言する最善の方法は、自らそれを創り出すことである 神は死んだ。次は我々か?
『ホモ・デウス(上巻)』が描く人類の次なる野望
2025年7月1日 | Phoenix-Aichiオンライン教室
かつて人類を苦しめ続けた飢饉、疫病、戦争。これらはもはや「神の御業」ではなく、解決可能な「技術的課題」となりました。では、古来の課題を乗り越えた私たちは、次に何を目指すのでしょうか? ユヴァル・ノア・ハラリの名著『ホモ・デウス』は、その答えが「不死、幸福、そして神性」の探求であると示唆します。本記事では、この衝撃的な未来像を紐解き、テクノロジーと共存する私たちが今、何を考え、どう行動すべきかを考察します。
目次
序章:私たちが克服した「3つの厄災」
歴史を振り返れば、人類の物語は常に飢饉、疫病、戦争という3つの巨大な影に覆われていました。しかし、21世紀を生きる私たちは、驚くべき転換点を迎えています。科学技術とグローバルな協力により、これらの問題は「不可避の悲劇」から「対処可能な課題」へと姿を変えました。
今日、多くの国では飢えによる死者よりも、肥満が原因で亡くなる人のほうが圧倒的に多くなっています。かつて何億もの命を奪った感染症は、医学の進歩によって劇的に減少しました。そして、地政学的な緊張はあれど、かつてのような大規模な世界戦争は、核の抑止力や経済構造の変化により「起こるべくして起こるもの」ではなくなっています。
この歴史的な達成は、人類の新たな章の幕開けを意味します。では、私たちはその有り余る力をどこへ向けるのでしょうか。
人類の新たな野望:「不死・幸福・神性」の探求
古い敵を克服した人類は、その視線を新たな地平へと向けています。それが「不死、幸福、そして神性の獲得」です。これらはもはやSFの夢物語ではなく、シリコンバレーの巨大テック企業や最先端の研究所が巨額の投資を行う、現実的なプロジェクトとなりつつあります。
- 不死(Amortality): 現代科学は「死」を、解決すべき技術的な欠陥と見なします。老化を治療し、生命を無限に延長させる研究は、今後の最重要プロジェクトになるとハラリは指摘します。
- 幸福(Happiness): 幸福すらも、生化学的なアルゴリズムで解析・操作できる対象になりつつあります。精神的な修行ではなく、薬や遺伝子操作によって、永続的な快楽を追求する未来が訪れるかもしれません。
- 神性(Divinity): そして、不死と幸福の追求は、最終的に「神のような力」の獲得へと繋がります。それは、生命の設計図を書き換え、自らの身体と知性をアップグレードする力です。
ホモ・サピエンスから「神のヒト」ホモ・デウスへ
この神性への探求は、人類を現在の「ホモ・サピエンス」から、神のような創造と破壊の力を持つ「ホモ・デウス(神のヒト)」へとアップグレードさせる可能性を秘めています。その手段は、主に3つのテクノロジーによってもたらされます。
- 生物工学(Bioengineering): 遺伝子コードを書き換え、生命の根源に介入する。
- サイボーグ工学(Cyborg Engineering): 有機的な身体と無機的な機械を融合させる。
- 非有機的生命工学(Non-organic life): 人間の知能を完全にソフトウェア化し、AIとして存在する。
このアップグレードは、ある日突然起こるわけではありません。最初はアルツハイマー病の「治療」として始まった技術が、やがて健康な人の記憶力を「強化」するために使われるように、医療という名目で少しずつ、しかし確実に進行していくでしょう。私たちは、利便性と引き換えに、少しずつ人間であることを手放していくのかもしれません。
私たちを動かす現代の宗教「人間至上主義」
「人間が神を目指す」という考えは、突飛に聞こえるかもしれません。しかしハラリは、これは過去300年にわたり世界を支配してきた「人間至上主義(ヒューマニズム)」の論理的な帰結だと述べます。
人間至上主義とは、「人間の生命、幸福、そして力が最も神聖な価値を持つ」という、現代社会の根底にある信念体系です。かつて神々が世界の中心だった有神論の宗教に代わり、科学革命は人間に絶大な力を与え、「人間」そのものを世界の中心に据えました。私たちはもはや神に祈るのではなく、自らの経験や感情に「答え」を求めます。この「人間を信じる」という宗教こそが、私たちを更なる能力強化へと駆り立てる原動力なのです。
しかし、AIやバイオテクノロジーが人間の感情や選択すらも解読し、操作できるようになったとき、この「人間至上主義」という土台は揺らぎ始めます。それこそが、21世紀の最大の課題となるでしょう。
未来は「予言」にあらず。「選択」である
『ホモ・デウス』が示す未来像は、決して確定した「予言」ではありません。むしろ、起こりうる可能性を議論のテーブルに乗せるための「考察」です。ハラリが本書を執筆した目的は、未来を的中させることではなく、私たちが議論を始め、自らの選択によって未来を変えられるように促すことにあります。
「歴史学者が過去を研究するのは、過去をくりかえすためではなく、過去から解放されるためなのだから。」
テクノロジーの進化は止められません。しかし、その技術をどのような価値観のもとで、何のために使うのかを決めるのは、今を生きる私たちです。AIに判断を委ねるのか、自らの知性を拡張するのか。一部の超人類(ホモ・デウス)の誕生を許すのか、それとも人類全体の幸福を追求するのか。
これらの問いに無自覚でいることは、未来の決定権を一部の技術者や投資家に明け渡すことを意味します。まずは「今、何が起きているのか」を知り、学び、考えること。それが、自律した個人として未来を「選択」するための第一歩となるのです。