「運が悪かった」で、課題を消すな。

「運ではなく、実力で勝ちたい」
そう言いながら、自分の技術不足を運のせいにしていないか。
ショットがばらつくのは、精度の問題だ。
余裕がないのにギリギリを狙うのは、判断の問題だ。
それを「あれが入っていれば」「今日は運が悪かった」で片づける。
狙いどおりにならなかったことを、運が悪かったことにすり替えている。
もちろん、勝敗に偶然は関わる。
点数の少ない競技ほど、一度の偶然が結果を左右しやすい。
しかし、それは自分のミスまで運のせいにしてよい理由にはならない。
運を語る前に、振り返るべきことがある。
そのミスは、技術を磨けば減らせなかったか。
その失点は、選択を変えれば防げなかったか。
「運が悪かった」の一言で、練習で変えられる課題まで消してしまう。
実力で勝ちたいなら、まず実力の問題を引き受けることだ。

レンの感想文
この話で私が最も胸を突かれたのは、「実力で勝ちたい」という言葉と、実力不足を引き受ける姿勢は、別物だということだ。
実力で勝ちたい。
しかし、負けたときは運が悪かったことにしたい。
これでは、実力を磨きたいのか、自分には実力があると思っていたいのか、わからない。
「あれが入っていれば勝てた」
その言葉で惜しさを語る前に、なぜ、その一本に賭ける状況になったのか。なぜ、その精度で、そのコースを選んだのか。そこに、自分を変える手がかりがある。
運のせいにした瞬間、その手がかりを自分で捨ててしまう。
私は、ここが悔しい。
変えられることが残っているのに、「仕方なかった」で終わらせてしまう。自分を慰める言葉が、次の自分の可能性を奪ってしまう。
シンさんの「運って、何でしょうね?」という問いは、短い。しかし、答えようとすると、自分がどれほど曖昧に運という言葉を使ってきたかが見えてくる。
実力不足を認めることは、痛い。
けれど、そこには「まだ自分にできることがある」という希望がある。
本気で実力で勝ちたいなら、負けた自分の実力にも目を向けることだ。
その痛みを引き受けたところから、次の練習が変わるのだ。

